2004年1月、沖縄県那覇市に「コミュニケーション塾」を開校しました。 前年10月までは東京の茅場町にあるコンサルティング及びコールセンターの アウトソーサーを業種とする企業でコールセンター長並びにシニア・トレーナーとして勤務しておりました。
トレーナーとしてコールセンター要員となる数千におよぶコミュニケーター従事者の初期研修を担当しましたが、 その際に多くの青年たちに「コミュニケーション技術」の不足を感じました。
無理からぬことです。核家族化に加え、両親が共働きで兄弟の数も極端に少なくなりました。 学校終了後の塾通いでは近所の子供コミュニティーの機会もありません。 遊びを選ぶとしたらコンピューターゲームです。学校で先生にタメ口をきいてもだれもなんにもいいません、先生さえも・・・
人と人を結ぶ「コミュニケーション」を鍛える場が悉く消滅しかかっている環境を与えられた後に 社会に出て一番困っているのは当人たちでしょう。社会に出ると当然のようにいろいろな場面での コミュニケーションが要求されます。与えられてもいないのにどうしてそれを提供することが可能でしょうか。
コミュニケーション技術の不足を非難するのではなく、「不足」は補えばよいとの発想で「コミュニケーション塾」をスタートしました。